<蘊蓄あれこれ> ― 大したことは言ってません m(_ _)m ―
蘊蓄、含蓄、薀蓄、暗示、博識、内包、造詣、黙示、知恵の泉、含意、知見、包摂、‥‥まぁ、大したことは言ってません m(_ _)m 。日常の些細な気付きを綴っています。
人間力 =( 才能 × 努力 )×( 性格 × 行動 )
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私なりの解釈としては
能力×人格
だと理解しています。では、「能力」とは…
言うまでもなく、
才能×努力
によって培われる、物事を成し遂げられる力の事。
努力をしない輩は論外ですが、同じくらい努力しても辿り着ける限界点が異なるのも これまた現実だと思います。才能のある者に勝ちたいのなら、それ以上の努力をしなくてはなりません。「人格」だって同じだと言えるでしょう。
性格×行動
もって生まれたものはあるけれど、生まれてきてから「どう生きるか」がさらに重要な要素となるのです。
誰だって、有能で人徳のある人間になりたいはず。取り立てて際立った才能もなく、性格もイマイチな人。( !?…私だ!! )
嘆くことなかれ。
日々の「頑張り」と「立ち居振る舞い」で、誰だって有能で人徳ある人になれる筈です。
1990年代頃からよく使われだしたこの言葉、一般的には以下の様な能力がその構成要素だと言われています。
(1)知的能力的要素:基礎学力(基礎的な知的能力)、専門的な知識・ノウハウ、論理的思考力、創造力など
(2)社会・対人関係力的要素:コミュニケーションスキル、リーダーシップ、公共心、協調性など
(3)自己制御的要素:意欲、忍耐力、自己実現力など
[人間力]
2003年に、内閣府に設置された人間力戦略研究会が発表した「人間力戦略研究会報告書」において、「人間力に関する確立された定義は必ずしもないが、本報告では、社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力と定義したい。」と記されています。
子曰く、「人生の午後は 惑わず、天命を知り、夕暮れには耳に順うべし」
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論語 巻一 為政(いせい)第二 第4
よく人生を一日に喩(たと)えられる事があります。人の寿命を80年とすると、20歳で午前6時、正午が40歳という事になります。さしずめ40歳からは、「人生の午後」と言えるでしょう。
子曰、
「吾十有五而志于学、
三十而立。
四十而不惑、
五十而知天命。
六十而耳順、
七十而従心所欲不踰矩。」現代風に述べると…
15歳で学問を志し‥この頃に「学び」を完全に放棄したような…
30歳で自立した‥まぁ、世帯主にはなったけど…
40歳で惑わず‥ここの数年間で1度ならず転職してます(汗)
50歳で天命を知る‥己の身の丈は悟ったような気がしますが...
60歳で耳に順い
70歳で心の欲するところに従っても矩をこえず天が自分に与えた使命を自覚した人…本当に立派だと思います。翻って自分は‥‥年々、他人の言う事を素直に聞けなくなって来ており、思うがままの振る舞いが矩を超えないなんて…そんな自分を想像出来ません。
まだまだ精進が足りないようです。
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「暮らし」 「務め」 「稼ぎ」 ―その昔、農村社会には3つの仕事があった―
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その昔、農村社会には3つの仕事があったそうです。
●「暮らし」 自分たちの衣食住などに関する自給生産のこと。生活に必要な物は、なるべく自分たちで賄うようにしていた。
●「務め」 地域や属する共同体の中で、お互いに協力して支えあう行い。
●「稼ぎ」 収入を得ること。現代では「仕事」と言えば、これを指すようになった。現代は貨幣経済社会なので、自給自足するよりも「稼い」で生活に必要な物を買った方が、遥かに効率的と言えます。
それで「暮らし」の仕事はなくなり、「稼ぎ」で得た貨幣によって、必要な物を買うようになりました。
同じように、「務め」によって賄われていた事も、サービスとしてお金を払えば買えるようになりました。では、買えない人達はどうするの?
拠無い事情によって充分な「稼ぎ」を得られず、「務め」や「暮らし」も充分に賄う事の出来ない人は、どうすれば良いのでしょう。
資本主義社会では、勝者が富み、益の殆どを独占する様になってしまいました。貨幣経済の社会が、「稼ぎ」至上主義を後押ししたとも言えます。
「暮らし」にさえ不自由が生じている人の為に、「務め」によってその不自由を補おうとする「互助の精神」が必要な気がします。
自分が「助け」を必要としていないとしても‥‥
「親愛なる楡(ニレ)の木さま」 ― 心温まるIoTのお話 ― When You Give a Tree an Email Address
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親愛なる緑葉の楡(ニレ)様 (To: Green Leaf Elm, Tree ID 1022165)
あなたがセント・メアリーでの暮らしを気に入っていればいいのですが‥。私も大抵の場合はここが好きです。もうすぐ試験がやって来るので、必死に勉強してるはずなのだけれど‥。あなたには試験なんてありませんよね、だって木だから。私達には共通点があまりないので、そろそろ話す事がなくなってきました、そもそもあなたは木なのだし。
でも、ここで一緒にいられて良かった。 ありがとう、Fよりやがて木々から返信のメールが送られるようになります。
こんにちは、Fさん
私はここでの暮らしが気に入っています。あなたには試験を立派にやり遂げて欲しいと思っています。自然は、人々が積極的に学ぶように影響を及ぼす事が出来ると、研究によって示されています。だから、私があなたの学びを鼓舞出来ればと思います。
では、成功を祈っております。 緑葉の楡(ニレ)より (Green Leaf Elm, Tree ID 1022165) -
オーストラリア・メルボルン市でのお話です。
「今日、私はセント・メアリー大学を卒業しました。そして、あなたの(枝にじゃなくて)その光輝く美しさに心打たれました。あなたはこれからもずっとこんなメッセージを受け取り続けるでしょう。あなたはそれほどまでに素敵な木なのだから。」
これはメルボルンの大学を卒業する学生から「緑葉の楡(ニレ)」宛に書かれた手紙の抜粋で、メルボルン市民と街の木々との間で今なおやり取りされ続けている幾千ものメッセージの一つなのです。
メルボルン市では街の木々について気付いた事を市民が簡単に連絡出来るように (樹木の病気や傷みなど)、2013年に市当局が木々にID番号とメールアドレスを付与しました。そのうちに人々は、「工事で枝を傷付けた事へのお詫び」や、「光合成への感謝」、「木の性別に関する質問」や「時事問題への投げ掛け」など、様々なメッセージを木々宛に送る様になりました。はては「米ミシシッピ州北東部の小さな農場の樫の木(の代理人)」からも‥。
M2Mから発展した本当のIoTじゃなく、いわばH2H(Human to Human)版IoTといった感じのお話ですが、モノを擬人化すれば、そこに人と人とのコミュニケーションの新たな入口が出来上がります。物質的な豊かさを追求するM2MのIoTは 今後の経済発展に必要不可欠ですが、心を豊かにしてくれる こんなH2H版IoTも捨てたものじゃありませんね。
アナログ的なIoT…「どこそこの今のお天気」なども同じような仕組みですが、モノの擬人化を上手に使って地域興しのコミュニティが形作れたら、なんだか楽しそうです。
※"I was struck, not by a branch, but by your radiant beauty."は、「枝に(鞭)打たれる」と、「光り輝く美しさに(心)打たれる」を引っ掛けたのですね(^^;
